
青春に復讐 【ふーさわ声劇 前日譚②】

第3章:青春に復讐(おーさわ)
適当に書き連ねた第一志望
青鳴(せいめい)県立高校。
実力テストの点数と内申点を天秤にかけ、
私は無事にこの学校の制服に袖を通すことになった。
高校生になったからといって、色鮮やかな青春が降ってくるわけではない。
中学時代から持ち越した「怠惰」という名の分厚いコートは、
春の陽気のなかでも脱ぎ捨てる理由が見つからなかった。
入学して早々、漫画部に所属。
活動日が週に一回しかない素晴らしい部活動。
案の定、入部届を出したその日から、優秀な帰宅部員になった。
何かに熱狂する同級生たちを遠巻きに眺めながら、
「よく無駄なエネルギーを使えるな」と感心する。
深く関わらず、トラブルを起こさず、なんのやる気も起きないまま。
ひっそりと、必要最低限の交友だけを元手に生活。そ
れが私のアイデンティティであり、平和に過ごす手段だ。
5/10。
家の合鍵が壊れてしまった影響で、19時まで帰宅難民となった。
ひんやりとした渡り廊下を、意味もなく歩いて時間を潰す。
西日が差し込むリノリウムの床に、自分の間延びした影が映っている。
時刻は17時半。
帰宅するには、まだ早い。
かといって、田舎町にポツンと建てられた学校から、商業施設へ向かうには20分以上の時間を要する。行って帰ってくることを想像するだけで、移動が億劫になる。
「退屈だ。」
そんな独り言を廊下で呟いていると、背後から私宛ての気配を感じた。
「そこの君。少し時間が余っているような顔をしているね?」
凜とした、それでいて有無を言わさない声が響いた。
振り返ると、そこには一人の女子生徒。
腕には『生徒会長』と書かれた腕章。
背筋は定規を当てたように真っ直ぐで、黒髪が西日を吸い込んで艶やかに光っている。
三年生の高田先輩だ。彼女だけは唯一、校内の全員が共通認識で知っている。
「….。」
周囲を見渡したが、確実に私しかその場にはいなかった。
「君だよ。」
人違いではないだろうか。
そうに決まっている。
私は入学してから、一音たりとも、生徒会長と会話をしたことがない。
「あの、私ではな「君だよ。君で合ってる。」
「僕ですか?」
「そう、君。名前は?」
「おーさわ、ですけど。」
「おーさわ君ね。少し時間ある?」
「私、これから家に帰って「その猫背な姿勢。どこか世界を傍観してそうな、生意気な目。ちょうどいいね。」
「ちょうどいい?私のなにが一体。」
「来て。」
高田先輩は私の言葉を切り捨てると、迷うことなく私のジャージの袖を掴んだ。
有無を言わさぬその引力に、抵抗する気力すら湧かなかった。
連行されるようにして向かった先は、
校舎の裏手にある、
打ちっぱなしコンクリート壁の部室棟。
1階の端に位置する、軽音部室だった。
重い防音扉を開けると、古い木材の匂いと、アンプにつもった埃の匂い、そして微かな金属の匂いが混ざり合った独特の空気が鼻腔をくすぐった。
「うっ..。」
思わず、吐き気を催す。
小6のプールの授業で、男子更衣室から出てきた暴君、「石田くん」の体臭を10倍にしたような.…伝わらないか。
室内に無作為に置かれたパイプ椅子へ押し込まれ、
高田先輩は部屋の隅に立てかけられていたアコースティックギターを手に取った。
「実は来週、新入生歓迎ライブでステージに立つことになってるの。でも、誰も私の練習にダメ出しをしてくれない。生徒会長だからかね。だから,,,。」
「だから?」
「私に何の忖度もしない、人間関係に興味のなさそうな部外者を探してたのよ。」
「つまり、僕が、人間関係に興味なさそうな部外者ですか。」
「見事にね。」
先輩はふっと笑うと、私と向き合う形で丸椅子に腰掛け、ギターを抱えた。 ピックを使わず、彼女の細く白い指が弦に触れる。チューニングのためにポロ、ポロと鳴らされた音は、予想を遥かに超えて、澄み切っていた。
「じゃあ、始めるね。」
「はい。」
「聴いて。RADWIMPSで、『ふたりごと』」
その瞬間。一瞬だけ訪れた静寂が
嵐の前の静けさみたいに、緊迫した空気を呼んだ。
ジャカ….
力強く、けれどどこか切なさを帯びたストロークが静寂を切り裂く。
彼女の姿は、勇ましかった。堂々としていた。これから始まる音楽は、全部自分が支配していて、この空間は、我が為だけにあると言わんばかりに。
彼女が息を吸い込み、歌い出した途端。
私の心臓は息苦しくなるほどに、音を立てて跳ねた。
――神様もきっとびっくり、人ってお前みたいにできてない、今世紀最大の突然変異、ってくらいにお前は美しい
感情の乗った、少しハスキーで温かい歌声。ギターの弦がこすれるキュッというノイズさえも、音楽の一部になって鼓膜を震わせる。
――同じとこに空けたピアス、お前のだけやけに光って見える、俺もいつか輝けるかな、お前みたいに世界愛せるかな
彼女の指先から紡がれる音楽は、私が避けてきた「熱」そのものだった。どうしようもなく人間臭くて、泥臭くて、それでいて美しい感情の塊。過去の古傷が、痛む。
――こんな夢をいつまでも見よう、醒めなければ良いってことにしとこう、醒めるから夢と呼ぶんでしょう?って言うなら他に名前つけよう
気がつけば、私は瞬きをすることすら忘れていた。彼女の横顔に落ちる夕日が、まるで映画のワンシーンのように焼き付いて離れない。 心拍数が上がり、指先が熱くなる。
ああ、なんだこれ。嫌いだ、これ。
「全力」とか「魂」とか「努力」とか。これまでの人生で冷笑してきた「熱」が、全力でぶつかってくる。苦しい。これほどまで一直線に胸を締め付ける「熱」を、久々に浴びた。
たった一曲の弾き語りで、ずっと避けていた価値観を根底から覆されようとしている。
――君と僕とが出会えた、奇跡を信じてみたいんだ君と僕が出会えたことが、奇跡だろうとなんだろうと、ただありがとう君は言う、奇跡だから、美しいんだね、素敵なんだね
曲が終わり、ギターの残響が部室にゆっくりと溶けて消えた。 沈黙が落ちる。高田先輩は前髪をそっと払い、私を見た。
「どう?」
私は乾いた唇を舐めた。気の利いた言葉なんて、何一つ出てこなかった。口からこぼれ落ちたのは、あまりにも愚かで、純粋な一言だった。
「殺したくなりました。」
ピタリ、と先輩の動きが止まった。 彼女は目を丸くして私を見つめ、それから、耐えきれないというように吹き出した。
「ははっ!..あはは!!殺したくなった!?どういうこと!?w」
「..表現が難しいです。」
「ふふっ……教えて教えて。」
「私は、パッション的なのが大嫌いなんです。部活動に熱中してる奴らとか、文化祭のワクワクとか。野球部の奴らが着てる、黒Tに白文字の筆フォントで ”ザ・負けん気” みたいなこと書いちゃってる部活Tシャツとか。そういうの。」
「ほお?」
「だって、無駄な体力を消耗したくない。時間の無駄だし、後悔するし。トラブルも嫌だから、最低限の、うわべだけの友情を卒なくこなして、のらりくらり生きてきました。」
「ん?」
「なにが言いたいかって言うと、嫌いなんです。そういう、熱を帯びたやつ。何本気になってんの?って思ってしまいます。」
「うん?」
「高田先輩の音楽は、今までで一番嫌いでした。….重ねてきた努力とかが、ちゃんと形になってて、素晴らしかったから。音楽として、完成してたから。高田先輩を認めることは、自分の価値観を否定することになってしまう。だから、殺したくなりました。」
「あははっ….!!!君、面白いこと言うね。ポエマー向いてるよ。」
「は!?うるさ!」
「はははっ!!良いね。斬新な褒め方、ありがと。ライブは自信もって臨めそうだわ。」
先輩は笑いをおさめ、ギターをスタンドに戻すと、ゆっくりと私の前に立った。 その瞳は、獲物を値踏みする鷹のように鋭く、それでいて春の陽だまりのように柔らかかった。
「青春に復讐する気はない?」
「え?は??」
先輩は私の胸元を、人差し指でツンと突いた。
「君に何があったかは分からないけどさ。君は多分、きっと何かを経て、青春がキライになったんじゃない?」
「それは、関係ないですよね。先輩には。」
「ビンゴ。やっぱり、なんかあったんだね。」
「あ、だから。」
「君の大嫌いな、滑稽なパッション的な、魂でぶつかる的なやつに、もう一度、体当たりしてみない?」
「….。いいんです。帰ります。」
「君にとっておきの、いや、君だからこそ頼みたい青春がある。」
「私だからこそ?」
「うん。バレー部に、入部してほしい。」
突拍子もない提案に、間の抜けた声を出した。
「……バレー部? 私がですか? 運動神経ゼロですよ。走るの遅いし、疲れるの嫌いだし。」
「実力なんて、どうでもいいの。身長高いし、大丈夫。それよりも、男子バレー部には、君みたいな『誰とでも波風を立てない潤滑油』が必要なの。空気を換気してきてほしい。」
意味がわからなかった。
しかし、彼女の瞳に、ふざけている様子はなかった。いたって真剣な、まっすぐな眼差し。
「……なんで、バレー部なんですか。私に青春を浴びせたいなら、他だってあるだろうに。」
「バレー部だから、なの。今、うちの男子バレー部に問題児の1年生がいるのは知ってる?…って、知ってたら聞かないか。」
「問題児?」
「そう。入ったらすぐに分かる。天涯孤独、唯我独尊、そんな言葉がピッタリ似合う、君とは違うベクトル…いや、正反対の生意気な子。彼を救えるのは、君だけだよ。私、君と話してて気づいた。」
「意味が分かりません。」
「もちろん、ずっと無理して続けろとは言わない。半年間。今年の冬まででいいから。それまで青春と対峙して、もしそれでも嫌いなら、辞めて良い。」
「いや…。何を期待されているか分かりませんが、私は、平凡で凹凸のない、必要最低限の学生生活を送ります。」
「じゃあさじゃあさ。」
「しつこいです。」
「もし、半年間、君がバレー部を続けられたら。
私が、エッチしたげる。」
「……………….。」
「………………..。」
「…..。」
「………….ど?」
「……..。……….前向きに。検討します。」
***
一方その頃。
青鳴(せいめい)高校の体育館には、梅雨の湿気よりもさらに重く、息の詰まるような冷たい空気が充満していた。
「おい、 なんで今のボール、最後まで追わねえんだよ!」
コートの中心で、一年生の颯太が怒鳴り声を上げていた。 彼の顔は朱に染まり、瞳は狼のようにギラギラと血走っている。額から落ちる汗が床にシミを作った。
「いや、今のは……俺の位置からじゃ絶対届かないって。」
矛先となった二年生が、怯えたように後ずさりしながら言い訳をする。
「届くか届かないかじゃねえだろ! 床に落ちる前に諦める姿勢がムカつくって言ってんだよ! お前ら、バレー舐めてんのか!」
颯太の怒声が体育館に響き渡るが、それに同調する者は誰もいない。上級生たちは、あからさまにうんざりした顔でため息をつき、お互いに目配せをしている。
「また始まったよ……」 「あいつ、フウチュウのエースだったらしいけど、自己中すぎて終わってんな」 「ほっとけよ。関わると面倒だ。」「てか、あいつ退部にさせない?」「ため口ききやがって、人間性がゴミ。」
ひそひそと交わされる陰口は、当然、颯太の耳にも届いていた。 颯太はギリッと奥歯を噛み締めた。
これじゃ、中学時代と、何も変わらない。 いや、むしろ悪化している。
「……クソがっ」
孤立無援。
どれだけ高く跳んでも、どれだけ強いスパイクを打っても、振り返った先には誰の笑顔もない。誰も俺の熱を受け止めてくれない。コートの真ん中で、颯太は独り、見えない牢屋に閉じ込められていた。
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